大豆と暮らす#2 うなぎもどき|日本人と大豆の長い付き合いが生んだ「もどき料理」 RECOMMEND うなぎもどき 昨年の秋、豆腐店の開店祝いとして前の職場の先輩たちから「豆腐づくしの食事会をしよう」と声をかけていただきました。 発起人のHさんは、いつ会ってもはつらつとした笑顔満開の憧れの先輩です。旅先で料理教室に行って学んだりレストランで食べた思い出の味を再現したりと、料理の幅広いレパートリーをお持ちで、その料理はどれもおいしくて美しい、おもてなしの達人。誕生日が3日違いで干支が同じというひょんな理由もあってよくしてくださり、「豆腐屋いいね!やりなよ!」と、最初に背中を押してくださったのでした。 何を作るかは内緒ということで楽しみにご自宅へ伺うと、出汁の温かくいい香りが漂ってきました。エプロン姿のHさんはいつも以上に楽しそうです。台所には下ごしらえした野菜や使う器、そして分量を記した手書きのメモが置かれていました。 「今日は普茶料理にしようと思って。うなぎもどきを作ってみたかったの。」 普茶料理とは、簡単にいうと中国の禅寺を発祥とする精進料理です。油を多く使うこと、1卓を4人で囲むことなど中国の食文化の影響が色濃く、見た目も華やかで濃厚な味わいの普茶料理は寺院にとどまらず料理屋や文化人も魅了しました。それまでにも、雁の肉に似せた「がんもどき」や刺身代わりの「胡麻豆腐」、長芋で作る「かまぼこもどき」など、仏教で禁忌とされた動物性の食材に食感や見た目を似せた「もどき料理」が数多く作られてきましたが、「うなぎもどき」は豆腐を身に、海苔を皮に見立てています。普茶料理を伝えた隠元禅師の開いた萬福寺に伝わる一品で、江戸時代に人気を博した『豆腐百珍』にも「鰻とうふ」が登場します。 「うなぎもどき」の作り方 Hさんは手元のメモと『普茶料理』という本に記されたレシピを見ながら、うなぎもどきを作り始めました。木綿豆腐をつぶし、ふっくらと少し厚みを持たせながら海苔に伸ばして、“身”の真ん中に箸で一本筋を打ちます。これを⼀度揚げてカリッとさせたあと、醤油とみりんと酒を合わせたタレを絡め、仕上げに粉⼭椒を振りかけたら出来上がり。こうなると、もううなぎにしか見えません。言葉で書くと簡単そうですが、うなぎの代⽤品と呼ぶにはもったいないほど、なんとも⼿間のかかる料理です。遊び心や相手を喜ばせたいという気持ち、手間を惜しまない心がなければ、きっと生まれなかったでしょう。 料理する風景 次第に他の先輩がたも集まり、いよいよ食事会が始まりました。まずは、寄せとうふを使った前菜です。出汁のあんかけにわさび、塩昆布、オリーブオイルに黒胡椒と、3種類が並びます。 寄せ豆腐 それから、トウモロコシのがんもどきを炊いたものと、さっと焼いたごぼうのがんもどき。調理法が変わるだけで別物のように感じます。夏野菜の揚げ浸しや車麩の煮物も準備してくださっていて、テーブルの上は華やかです。 すでにお腹は五分を超していましたが、メインディッシュのうなぎもどきが出てきました。 うなぎもどき 全員が一瞬うなぎだと信じそうになったところ、「これも豆腐なの」と得意気なHさん。その笑顔に私も嬉しくなりました。カリッとした表面からとろける豆腐と甘辛いタレ。海苔のこくがいい仕事をしています。うなぎももちろん大好物ですが、これはこれとして美味しい、何枚でも食べられる“うなぎもどき”でした。おもてなしは止まりません。おからコロッケ、某老舗おでん店にならった“とうめし”と続き、締めにどどんと豆乳鍋! おからコロッケ とうめし 豆乳鍋 最後の豆乳坦々麺までおいしく平らげました。自分が作った豆腐を、お世話になったみなさんにこうして食べていただける日が来るなんて、パツパツのお腹と同じくらい胸もいっぱいになりました。 Hさんの腕があってこその料理の数々でしたが、豆腐という食材の変幻自在ぶりに改めて目を見張りました。大豆と水を炊いて絞ると、豆乳とおからになります。豆乳の濃度やにがりを打つ量によって木綿または絹、または寄せと、食感や味わいの違う豆腐を作ることができ、さらに加工すれば、がんもどきにも油揚げにもなります。 左上)原料の大豆 / 右上)浸漬後の大豆 / 左下)木綿豆腐の製造過程 / 下中央)木綿豆腐 / 右下)がんもどき それら全てが大豆と水からできているなんて、自分で作っておきながら日々驚きます。さらに、それぞれの素材で数多の料理を作ることができるのです。これほどたくさん料理があるのは、それだけ日本人が長く大豆と付き合い、その味に親しんできた証拠かと思います。きっとあの食事会のように、この土地で豆腐を囲んだ美味しい時間が数えきれないほどあるのでしょう。先人たちの歩みと、応援してくださるみなさんに感謝しながら、今日も豆腐をつくります。 ▷ 関連記事はこちら: 「コラム|大豆と暮らす#1」受け継がれる大豆と出逢い、豆腐屋を開業 Auther 稲村香菜 稲村豆富店 店主 この著者による記事: 消えかかる台湾との縁。台湾で生まれた祖父と、日本で生きた曽祖父の物語 History & Culture | 歴史・文化 骨董のうつわに涼を求めて ー 豆花と冷奴 Others | そのほか おから|大豆がつなぐ、人と食 Others | そのほか 受け継がれる大豆と出逢い、豆腐屋を開業 Others | そのほか RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼 電子増刊第6号 残欠 仏教美術のたからもの デジタル月額読み放題サービス 今特集では仏教美術の残欠を特集。 残欠という言葉は、骨董好きの間ではよく聞く言葉ですが、一般的にはあまり使われないと思います。ですが、骨董古美術には完品ではないものが多々あります。また、仏教美術ではとくに残欠という言葉が使われるようです。 「味わい深い、美しさがあるからこそ、残欠でも好き」、「残欠だから好き」 残欠という響きは実にしっくりくる、残ったものの姿を想像させます。そこで今回は、残った部分、残欠から想像される仏教美術のたからものをご紹介します。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 展覧会紹介|根津美術館 焼き締め陶の魅力を一堂に Ceramics | やきもの 百済から近代まで 歴史の宝庫、韓国・忠清南道(チュンチョンナムド) History & Culture | 歴史・文化 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(1) 新井崇之Ceramics | やきもの 『目の眼』リレー連載|美の仕事 村治佳織さんが歩く、東京美術倶楽部で愉しむアートフェア Others | そのほか 茶の湯にも取り入れられた欧州陶磁器 阿蘭陀と京阿蘭陀 Ceramics | やきもの 展覧会紹介|茨城県陶芸美術館 余技の美学〜近代数寄者の書と絵画 Calligraphy & Paintings | 書画 連載|真繕美 古唐津の枇杷色をつくる – 唐津茶碗編 2 Ceramics | やきもの 大豆と暮らす#1 受け継がれる大豆と出逢い、豆腐屋を開業 稲村香菜Others | そのほか 東京アート アンティーク レポート#3 骨董のうつわで彩る”食”と”花” Others | そのほか 東洋美術コレクター 伊勢彦信氏 名品はいつも、 軽やかで新しい People & Collections | 人・コレクション ビンスキを語る ビンスキは どこからきたのか 〜その美意識の起源を辿る History & Culture | 歴史・文化 新刊発売 「まなざしを結ぶ工芸」著者インタビュー 本田慶一郎と骨董と音楽と People & Collections | 人・コレクション