祖父の思い出 近衞忠大 クリエイティブ・ディレクター 目白の永青文庫は私にとっては非常に身近な場所だ。父方の祖父で設立から理事長を務めた細川護貞の家の敷地内にあるのだから、今でもおじいちゃんの家だと思っている。 事あるごとに「けしからん ! 」と息巻く、厳格で気難しい印象の祖父だったが、孫にはたいそう甘くしばしば食事に連れて行ってもらった。永青文庫の手前にあった祖父宅に泊まることも多かった。特に熊本と京都にいた従兄妹たちが東京に来ている時は、祖母の手料理をご馳走になり、祖父母と従兄弟達と布団を並べて寝た。祖父が寝る前に「ほおちゃん」しようと言って一人づつ頬ずりをするのだが、ヒゲがチクチクしてくすぐったく、逃げ回ったり、笑いが止まらなかったり…。 そんな祖父の一面しか知らないが、近衞文麿首相の秘書官をつとめ、開戦を阻止するために奔走し、戦中は終戦工作や東條英機暗殺などに関わるなど激動の時代のど真ん中にいた歴史の証人だった。また個人的には二人の幼い子供たち(細川護熙と近衞忠煇)を残して妻(近衞文麿の次女)に先立たれ、更には戦後に岳父の近衞文麿を、のちに義兄・近衞文隆をシベリア抑留で亡くすなど、数々の悲劇を経験している。(先述の祖母は後に再婚した、表千家の前家元夫人・明子の母。) 戦後は政治とは一切の関係を絶ち(護熙の政界入りには一貫して反対した)、日本いけばな芸術協会会長、日本工芸会会長のほか、神社本庁統理、伊勢神宮崇敬会会長、日本ゴルフ協会会長などを務めた。そして美術愛好家として、歴史の証言者としても著書を多く出している。 祖父は、私がまだ高校生くらいの頃から介護が必要になっていたため、貴重な話を聞くことが出来なかったのが残念で仕方がない。 いつしか永青文庫は従兄弟の細川護光が理事長になり、私も理事を拝命した。文庫に行く機会が増え、祖父のことを思い出すことも増えることだろう。 *近衞忠大さんの連載「雪山酔夢」は雑誌『目の眼』で連載中。過去のコラムはこちらからご覧いただけます。 月刊『目の眼』2024年6月号より Auther 雪山酔夢 近衞忠大(このえただひろ) 1970年東京生まれ。公家、五摂家筆頭・近衞家の長男として生まれ、スイスで幼少期を過ごす。 武蔵野美術大学卒業後、テレビ番組、ファッションブランドの大型イベント制作などに関わる。特に海外との国際的な制作現場を数多く経験。伝統と革新、日本と海外といった違いを乗り越え 「文化とクリエイティブで世界の橋渡しとなる」ことを目指し、クリエイティブ・エージェンシーcurioswitch及びNPO法人七五(ななご)を設立、代表を務める。 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2024年6月号 No.573 古美術をつなぐ 「 美の仕事」の現在地 美術が珍重される背景には古美術商の努力がありました。活躍してきた良い古美術のコレ数奇者クションをつくるには、信頼できる古美術商とのかかわりが欠かせません。 江戸時代の大名、明治以降の近代数奇者と深いつながりを持っていた茶道具商、世界に東洋の美を広めた山中商会、作家や芸術家との縁が深かった京都や日本橋京橋の大店など、古美術商には古美術を見極める眼力を持ち合わせているだけでなく、個性的で人間味にあふれている方が多いようです。長い命を持つ美術品を過去から未来へと繋ぐ古美術商とその仕事について紹介します。 雑誌/書籍を購入する POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 東西 美の出会い 日本・オーストリア文化交流の先駆け|ウィーン万国博覧会 History & Culture | 歴史・文化 名碗を創造した茶人たち Vassels | うつわ 日本橋・京橋をあるく 特別座談会 骨董街のいまむかし People & Collections | 人・コレクション 目の眼4・5月号特集「浮世絵と蔦重」 東京国立博物館に蔦重の時代を観に行こう Calligraphy & Paintings | 書画 根付 怪力乱神を語る 掌の〝吉祥〟を読み解く根付にこめられた想い Ornaments | 装飾・調度品 展覧会レポート|泉屋博古館東京 “物語(ナラティブ)”から読み解く青銅器の世界 Others | そのほか 連載|真繕美 古唐津の枇杷色をつくる – 唐津茶碗編 2 Ceramics | やきもの 縄文アートプライベートコレクション いまに繋がる、縄文アートの美と技 Ceramics | やきもの 展覧会紹介 世界有数の陶磁器専門美術館、愛知県陶磁美術館リニューアルオープン Ceramics | やきもの 正宗の風 相州伝のはじまり “用と美”の革新、名刀匠正宗の後継者・正宗十哲が繋ぐ相州伝 Armors & Swords | 武具・刀剣 「美の仕事」特別編 池坊専宗 中国陶磁の色彩にあそぶ Ceramics | やきもの 新刊発売 「まなざしを結ぶ工芸」著者インタビュー 本田慶一郎と骨董と音楽と People & Collections | 人・コレクション