京の町家

デービッド・アトキンソン

小西美術工藝社代表取締役社長

約十年前に京町家を購入しました。前職を引退した後に時間的な余裕のあった私は、京都に行く事が多く、毎回泊まるところに苦労したものです。ただ、それだけならマンションでもよかったのでしょうが、町家を選んだ主な理由として、京都に行く度に京都らしい暮らしをしたいことと、お茶などに使いやすい空間が欲しかったからです。

 

京町家は本当に美しいです。お庭と建物を一体に考える日本の美意識。土壁の塗りの凛とした緊張感。木部や建具などの細かい手仕事の素晴らしさ。部屋の作りも、使い方や入る人の身分に配慮して趣向が施されています。細かいところに、長い歴史、日本人の精神文化が具現されています。簡単に言えば、粋です。部屋に座っているだけで、息をのむほどの美しい空間です。お花を生けたり、お茶を点てたりする事も出来ますし、我が家には、蔵と本館の二階に洋間もありますので、二つの文化が同時に楽しめます。私が日本に長年住んでいるのは、日本では和の文化も洋の文化も両方が高度に楽しめるからです。京都はその結晶だと思います。

 

小西美術に入る前までは頻繁にお茶事をやっていました。お庭を整え、路地を掃除して、茶室を拭いているだけで幸せを感じました。お茶事でお客様をお迎えし、おもてなしをすることは、とても大変なことです。なぜなら、料理以外は全部自分一人で対応するからです。終わったら、こんなことは二度とやらないとぶつぶつを言いながらも、翌日起きるとまた繰り返しやりたくなる不思議な魅力がお茶事には秘められています。

 

たまには奥の御座敷で、和蝋燭だけの灯りで開催する食事会もやります。お客様は日本人が多いですから、最初は、暗い、何を食べているのかは分からないと言われる事が多いです。しかし、視覚が徐々に慣れてくると、その美しさに目覚めます。好まれないかもしれませんが、和蝋燭の灯りの空間を理解して貰う事は多いと感じます。日本人の許容性だけでしょうか。ただ、日本はもともと陰影の美しさで海外に絶賛された歴史も考慮する必要もありましょう。特に舞妓さんのお白と簪と華やかな着物を和蝋燭で見れば、私の拘りは分かると思います。

 

しかし、京町家を購入した別な理由もあります。

 

私は、一九八七年に最初に京都を訪れました。当時の写真には、綺麗な街並みがかなり残っていました。神社仏閣だけではなく、京都の魅力は自然、芸、職にもありますし、街並みにも大変な魅力がありました。瓦屋根が美しく、出窓、駒寄せ、外部の土壁なども洗練された美意識で美しい景観を形成していました。戦争中にアメリカの空爆によって日本の多くの都市は大変な被害を受けて、街並みが破壊されました。近代的な街並みになったのは仕方ないですが、京都は例外です。京都は日本文化の中心、最も洗練された都の文化の街だから、空襲は無かったのです。

 

町家03

 

昭和四〇年頃から、京町家は毎日何軒も姿を消しています。綺麗に繋がっていた町家は、間に近代的なビルやマンションが立ち並び、美しい建物の代わりに建てられる建造物は全く洗練されていない、どこの町にでもあるようなものが多い事に大きな疑問を抱きます。歴史と文化の町、京都に対する配慮がないのです。かつて都であったという意識も感じられません。折角、奇跡的に空襲を免れたにも拘らず、京都はあたかも空襲を受けた他の都市と変わらない町に変わりつつありますし、その破壊行為は今も継続しています。姉妹都市であるフィレンツェではそう言った行為は考えられません。それは市民の意識が高いからと良く言われますがそうではありません。実際は規制だらけです。イギリスもそうです。国、都道府県、市町村に規制をされて、守られています。

 

確かに京町家は住み辛い面もありますが、それは京都に住んでいる以上は仕方ないでしょう。嫌なら別の場所に住むことも出来ます。京都に住みながら、京都を破壊する行為は許されるはずもない罪です。それは国内から見た罪だけではなくて、世界から見た罪です。将来的に罪として歴史に書かれてもおかしくないほどです。街並みを考えれば、道路に面している部分だけでも残すように、国、京都府、京都市の規制しない責任が問われるでしょう。

 

京都は好きな面が多いですが、嫌いなところもあります。自ら京都を破壊し、京都の文化や慣習をあまり守っていないのに、一方で流暢な京都弁で京都を自慢するところです。年末年始、京都でお正月飾りを全くしていない家が大半で、これでは京都の歴史、文化などを自慢されても中身が伴っていないといつも感じます。

 

私は京町家友の会の会長も務めさせていただいております。勿論、一部の京都人は真剣に京都を守っていますが、私が京町家を購入した最大の理由は、京都人と言う破壊勢力から、一軒でも多くの京町家を守ることだったのかもしれません。

月刊『目の眼』2017年7月号

Auther

連載|ふしぎの国のアトキンソン 4

デービッド・アトキンソン

小西美術工藝社代表取締役社長。元ゴールドマン・サックス証券アナリスト。1965年、イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。2009年、国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社。2011年に同社長に就任。日本の文化財の価値を見いだし、旧来の行政や業界へ改革の提言を続けている。『新・観光立国論』、『新・所得倍増論』など著書多数。 撮影・安藤博祥(本誌) 協力・小西美術工藝社 

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