連載|真繕美

唐津の肌をつくるー唐津茶碗編 最終回 

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数百年、千年の刻を生き抜いてきた古美術・骨董品は、どれほど大切にされてきた伝世品であろうとも全くの無傷完品の状態を保つのは難しく、補修は欠かせない。そこで陶磁器の修復では日本一と評される美術古陶磁復元師の繭山浩司さん親子の工房を訪ね、やきもの修復の現場を拝見させていただいた。

 

修復師・繭山浩司さん・悠さんを訪ねての、やきもの修復現場レポート。

 今回はいよいよ唐津茶碗編の最終回。仕上げの工程をご覧いただきましょう。

 前回ととのえた下地を半日ほど乾燥させたあと改めて確認してみると、削げた部分はきちんと埋められていましたが、この段階ではまだ修復箇所が白く浮き出ています。ここから最終工程として、唐津の枇杷色と肌の風合いをつくっていくことになります。

 

悠さんは、改めて顔料をガラス板の上で溶きはじめました。茶碗を目の前に据えて、慎重に色を合わせていきます。

 

下地作業を終えると、いよいよ仕上げの肌づくり

茶碗をみながら、ていねいに色をあわせていく

 

 「前回と同様、ここでも少し薄めをめざして色を作っていきます。ただここから大事なのは色というより、肌の質感を再現すること。とくに唐津の場合は磁器とは違って肌に微妙な凹凸がありますし、轆轤目が走っているのも大事な見どころですので、この雰囲気を殺さないようにしなければなりません」と悠さん。細い篦で色をのせたあと、部分的に盛り上げたり、針のような器具で器面をつつくようにしてディテールをつくっていきます。確かに塗っただけのときはまだ色の違いが鮮明でしたが、だんだんと周りと馴染んでいく様子がわかります。

 

針を刺すような動きで唐津特有の粒だった肌をつくる

 

 その手際に感心しながら見ていると、作業は三十分ほどで終了し、悠さんは茶碗を浩司さんに渡しました。ここからは浩司さんが直接仕上げを行うのです。じいっと悠さんの仕事を確認した後、いくつかの顔料を持ってくるように指示して、浩司さんが作業台に座りました。

 

最終仕上げに使った顔料は8色におよんだ

 

 「ここからは、色を盛ろうとしてはいけません、表面を整えるだけのイメージです。たぶん数分で終わりますので拍子抜けしないでくださいね(笑)」とのこと。

白いトレーシングペーパーをパレット代わりに薄く顔料を広げていく浩司さん。筆は細い面相筆のようですが、毛先は短く整えてありました。

 

トレーシングペーパーをパレット代わりに顔料を溶いていく

まるで水彩画を描いているよう

 

「いまみたところ、赤茶系を薄い膜のようなイメージで重ねるのがよさそうですね」と筆を掃くように滑らせました。回数としては、ほんの三〜四回、あとは点描のように筆先を挿していきます。

 

この段階では厚塗りはいっさいせず、筆を置いていくだけ

 

 「不思議なもので、この部分白っぽく見えでしょ、ここに点を一つ打つだけで……ほら、色合いが変化したでしょう。ここまでくると点一つで印象がガラッと変わってしまうんです。唐津特有の貫入やピンホールも黒を挿してはいけません、地色より少し暗めのニュアンスをつけるだけで再現できるんです」と解説を聞いているうちに終了した。ホントに数分ですね、と言うと、

 「逆に言えば、下仕事がどれだけ大切か、ということなんですよ」と浩司さんは笑った。

 

 

あとは透明釉の代わりに塗料をエアブラシで吹き付けてコーティングした後、研磨して完成。ただ、最後の研磨はどうして指でないとダメらしい。この最後の指タッチが仕事の善し悪しの要のようだ。

 「だから私は指紋認証で認証されたことがありません」と笑う浩司さん。

 

 最後はやはり指先でコーティング塗料を研磨して仕上げる

 

数日後、茶碗は無事、持ち主へと納品されたが、繭山さん親子は次々と持ち込まれる修復の次の仕事に取りかかっている。

 

『目の眼』2019年4月号 特集〈アンティーク&オールドグラスの愉しみ〉

Auther

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富岡鉄斎(1836〜1924)は京都の法衣商の家に生まれ、幕末から明治大正にかけて日本の激動期を生きた文人画家です。「万巻の書を読み、万里の路を行く」を信条に、89年の生涯を読書と旅に生き、生涯で一万点とも言われる作品を残しています。長く京都に暮らし、その作品や揮毫の碑、看板などが京都の各所に今も残ります。本特集では鉄斎の画業を紹介するとともに、様々な趣味をもち多癖であった鉄斎ゆかりの場所やものなど、ひと味違う京都を巡ります。

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