大豆と暮らす#4 骨董のうつわに涼を求めて ー 豆花と冷奴 RECOMMEND 暑くなってきたとはいえ、朝と夕方にはすとんと気温が下がり、窓を開ければさわやかな風が入ってくるのが、この地域のいいところです。それでも熱を逃してくれるような涼やかなものが食べたくなる。そんなとき、豆花を思い出します。 つるんと滑らかな“豆腐”に優しい甘さのシロップがたっぷりかかった、台湾で親しまれるスイーツです。現地にはピーナッツとシロップだけが入った豆花を出す屋台もあれば、タピオカや芋餅、小豆や果物など盛りだくさんな豆花を出すおしゃれな店もあります。ここ数年は日本でも専門店が増えてきました。茨城の豆腐屋「まめ乃家」さんも台湾で豆花を食べ歩き、現地の味わいを学びながら、台湾茶と一緒に提供するイベントを行なっています。まめ乃家さんの作る豆花は大豆の味がちゃんとして、シロップがするりと身体に溶けていきました。またあれが食べたい! 茨城の豆腐屋「まめ乃家」の豆花 豆花と豆腐のいちばんの違いは凝固剤です。豆腐を固めるのに、私の店ではにがりを使っています。すまし粉やグルコン、塩カルと呼ばれる凝固剤など、目指す味わいや食感によって他にも選択肢がありますが、大豆の輪郭をくっきりとさせるには、身震いするほどの苦味とまろやかな塩味のあるにがりが欠かせません。豆花は食用石膏が主流で、にがりよりもゆっくりと作用するためなめらかに仕上がるのが特徴です。海から遠い長安を都としていた中国では地下から掘り出した石膏や岩塩にがりを、海に囲まれた日本では海水にがりを使ってきたとされ、中国の食文化の影響が大きい台湾でも石膏を凝固剤とする豆腐が親しまれてきました。豆花も豆腐も、大豆と水という至極シンプルな素材で作るからこそ、味わいと食感を左右する凝固剤の役割は大きいのです。 豆花自体は素朴なので、シロップが味の決め手となります。現地の屋台では無地の白い器や紙カップで出されることも多いようですが、豆花とシロップ、そしてトッピングが同時に口に入るようレンゲでいただくので、口が広めでボウル状の器が選ばれます。ショウガやネギを乗せて食べる冷奴は、ほのかな塩味と箸で掴めるくらいの固さがあるほうが好ましい。かけた醤油がこぼれないほどの深さがあればよく、小鉢やなます皿に盛り付けたら、横に冷酒も欲しくなりますね。どちらも夏の食卓ですが、同じ豆乳をどんなひと皿に仕上げるのか、気候や文化によってこれほど違う景色が生まれるのは面白いものです。 骨董店で購入したなます皿に。冷奴のうえには、山椒の塩漬けを添えました 日本へ豆腐が伝わり、豆腐を作り始めた職人たちのなかで、中国で豆腐を食べた経験のある人はほとんどいなかったことでしょう。実際に見ても食べてもいなくとも、身近な材料でいかに“美味しいもの”を作れるか。聞いたこと、そして目の前にあるものを頼りに、豆腐を形作っていったのだと想像します。“木綿は、噛み締めると豆の香りがするむっちりとした豆腐に”、“寄せはちゃんと豆の味がして、心がほどけるようなとろんとした食感に”と、日常の食卓に上げていただくことをイメージしながら作っていますが、シロップをかけて食べてもらうとしたらどんな豆腐がいいかな。本場の豆花を食べた経験は少ないですが、今手元にある素材で、この空気のなかで。今年の夏、挑戦してみようと思っています。 Auther 稲村香菜 稲村豆富店 店主 この著者による記事: 大河ドラマから知る、日本の歴史の奥深さ Others | そのほか 消えかかる台湾との縁。台湾で生まれた祖父と、日本で生きた曽祖父の物語 History & Culture | 歴史・文化 おから|大豆がつなぐ、人と食 Others | そのほか うなぎもどき|日本人と大豆の長い付き合いが生んだ「もどき料理」 Others | そのほか 受け継がれる大豆と出逢い、豆腐屋を開業 Others | そのほか RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2025年12月号・2026年1月号No.584 廣田不孤斎の時代 新しい美の発見者 廣田松繁(不孤斎 1897 〜1973)は、東京・日本橋に西山保(南天子)とともに壺中居を創業し、国際的評価の高い鑑賞陶磁の名店に育てました。今号は小説家の澤田瞳子さんをはじめ、不孤斎本人を知る関係者の方々を取材。旧蔵品や資料から、不孤斎が見出した美を特集します。 そのほか宮武慶之さんと陶芸家の細川護熙さんの対談や、デザイナーのNIGO®さん、起業家の伊藤穰一さんへのインタビューなど、現代数寄者やクリエイターの方たちを紹介します。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 企画展紹介|銀座 蔦屋書店 日本刀・根付売場 春画と根付の世界をたのしむ Ornaments | 装飾・調度品 展覧会レポート|泉屋博古館東京 “物語(ナラティブ)”から読み解く青銅器の世界 Others | そのほか 箱根小涌谷 岡田美術館、2013年オープン時のコレクションを振り返る People & Collections | 人・コレクション 展覧会紹介|石水博物館 NIGO®と茶碗と半泥子 ─ 川喜田半泥子と歩んだ作陶10周年 Ceramics | やきもの 骨董ことはじめ② めでたさでまもる 吉祥文に込められたもの History & Culture | 歴史・文化 骨董ことはじめ⑨ 物語と笑いに満ちた江戸文化を楽しむ、ゆたかなる春画の世界 Calligraphy & Paintings | 書画 展覧会紹介|大阪市立美術館 特別展「NEGORO 根来−赤と黒のうるし」 熱量と刺激を感じる展示 白洲信哉 Vassels | うつわ 昭和時代の鑑賞陶磁ブーム 新たなジャンルを作った愛陶家たち People & Collections | 人・コレクション 展覧会紹介|茨城県陶芸美術館 余技の美学〜近代数寄者の書と絵画 Calligraphy & Paintings | 書画 『目の眼』リレー連載|美の仕事 村治佳織さんが歩く、東京美術倶楽部で愉しむアートフェア Others | そのほか 辻村史朗(陶芸家)・永松仁美(昂KYOTO) 辻村史朗さんに “酒場”で 学ぶ 名碗の勘どころ「黒茶碗の魅力」 Vassels | うつわ アンティーク&オールド グラスの愉しみ 肩肘張らず愉しめるオールド・バカラとラリック Vassels | うつわ