世界の古いものを訪ねて#10

私たちはなぜ古代エジプト美術に惹かれるのか。秘宝をめぐる。

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ロンドンでは今日も、ひとつの石の前に人だかりができています。

 

大英博物館のRoom 4(Egyptian Sculpture Gallery)。ロゼッタ・ストーンが迎えるその展示室は、館内でも特に人気の高い場所です。文字が刻まれた黒い石に吸い寄せられるように、私もいつも、この展示室を最初に訪れてしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

ロゼッタ・ストーンは、1799年にナポレオン軍がエジプトで発見したもの。後にイギリス軍が戦利品として持ち帰り、ロンドンに移されました。この石をきっかけにヒエログリフが解読され、ヨーロッパでは古代エジプトへの熱が一気に高まったそうです。その後、合法的な発掘だけでなく盗掘なども経て、今日古代エジプト美術と呼ばれるものがヨーロッパにやってきました。ミイラや副葬品、壁画や装飾。展示室に集まった世界中の人々を見ると、その熱が冷めることなく今日まで続いていることがわかります。

 

そして同時に、私たちが古代エジプト美術に惹かれ続けるのはなぜだろう、と考えずにはいられません。そこには、時代も国も関係のない、人間に共通する何かがあるはずなのです。

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えていたこの秋、エジプト・カイロを訪れる機会に恵まれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

青い空、砂埃、車のクラクションと人々の声。街の喧騒をなんとか抜け、ギザの三大ピラミッドへと向かいました。

 

 

 

 

 

果てしなく積み重ねられる石を目の前にすると、これが「人が築いたもの」だとはおよそ理解できません。たとえば、ギザの三大ピラミッドの中でも特に有名なクフ王のピラミッドは、約230万個もの石灰岩ブロックが積み上げられていて、その迫力は圧倒的です。

 

 

 

 

 

 

 

内部に入り、傾斜した狭い通路を進むと、王の埋葬空間とされる「王の間」が。現在装飾はほとんど残されておらず石棺が置かれているだけですが、巨大なピラミッドがこの部屋のために存在していることを実感できます。

 

 

 

 

 

 

ピラミッドは、王が来世でふたたび生きるための装置として計画されたものだと言われています。死は終わりではなく、一度眠り、別の世界で目を覚ますための通過点と考えられていた。そのため、完全な姿で永遠に眠り続けられるよう、建物そのものが不朽である必要がありました。まるで太陽へと向かうように積み重なる石の山が、権力の誇示以上に「死の向こうで目を覚ます」ことへの執念から生まれたものだと知ると、その輪郭はまったく違ったものに見えてきます。そしてそこに、私たちが古代エジプト美術に惹かれるヒントもありそうな気がしました。

 

 

 

 

 

エジプト考古学博物館では、ツタンカーメンの黄金マスクにも出会いました。

 

今年の9月、ツタンカーメンのマスクは移転準備が進むなか、まだ大エジプト博物館(GEM)へは移されておらず、エジプト考古学博物館に展示されていました。宝石やガラスで象眼された黄金のマスク。豪華な装飾に対して、少年らしさの残る表情が印象的です。

 

ミイラの頭部に被せるそのマスクもまた、死後の世界を見据えてつくられたもの。王が来世で神としてふたたび生きるための“永遠の顔”として、腐らない素材である金が用いられています。エジプト考古学博物館では撮影が禁止されていましたが、死後の世界で王を守るために添えられたその像には、写真では拾えない緊張がありました。

 

 

 

 

 

古代エジプトよりずっと後の時代になりますが、日本の埴輪もまた死者のために置かれた造形であることを思い出します。古墳の上に並べられ、領域を示し、眠る人を守る役割を持っていたと言われる埴輪。砂漠と列島、石灰岩と素焼きの土。場所も素材も異なりますが、亡くなった人の行く先を思い、そのために何かつくるという点は、よく似ていますよね。

 

 

それでは、彼らにとって現世はどういうものだったのだろう?謎が深まり、私は次にベルリンへ向かいました。ロゼッタ・ストーンやツタンカーメンの黄金マスクと並んで“三大エジプト秘宝”のひとつとも言われる、ネフェルティティの胸像を見るためです。

 

 

 

 

 

ミュージアム・アイランドのノイエス博物館。2階の一間を使って、ネフェルティティの胸像が展示されています。写真撮影は展示室外からのみ許可されており、そのおかげで静かに見ることができました。胸像の落ち着いた表情や質素な色使いと、空間がよく合っています。

 

 

 

 

 

ピラミッドやツタンカーメン像が「死後の世界」のために生まれたのに対して、ネフェルティティの胸像は、生きている王妃の姿を示すためにつくられた肖像だと考えられています。モデルとなっているのは、ツタンカーメン王の一世代前の王妃ネフェルティティ。その理想的な顔立ちを、王妃を描くすべての工芸品において同じ比率で再現するため、宮廷の工房で用いる見本として職人が作ったのだそうです。つまりこれは、来世のための像ではなく「この時代の」王妃の面影を素直に残そうとした造形だと言えます。

 

 

 

 

 

 

古代エジプト美術において、死は終わりではなく、来世での永遠の生活の始まり。ピラミッドや黄金マスクに見られるその考えは刺激的ですが、ネフェルティティの胸像で触れた現世観もまた、私にとっては興味深いものでした。

 

もしかすると当時の人々にとって、死後の世界こそ本番だったのかもしれませんが、そうであるとすれば前座のこの世界は、前座であるからこそ、シンプルで肩の力の抜けたものになり得るのかも。豪華絢爛でなくともいい。私たちは古代エジプト美術を通じて、実は現世をより居心地よく捉え直せるのかもしれません。

 

 

 

 

 

私たちはなぜ古代エジプト美術に惹かれ続けるのか。

ロンドンを起点にエジプト、ベルリンを旅しても、その答えは見つかりません。けれども古代エジプト美術は、つまりは当時の人々の人生の捉え方が、そのまま形になったもの。その造形に魅了されるのは、どこかで私たち自身の生き方に触れてくるからだとは言えるでしょう。

 

気づけば次の週末も、大英博物館へ行こうと思っている私です。

 

 

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エジプトでは2025年11月に大エジプト博物館(GEM)がグランドオープンし、ピラミッドのすぐそばに新しい展示空間が広がりました。ツタンカーメンの黄金マスクや太陽の船など、エジプトを代表するコレクションが一堂に集められています。これまで別々の場所に置かれていた歴史がひとつに結び直され、黄金マスクも撮影が可能になりました。

 

この博物館には日本も出資しており、一部の展示室では日本語の解説が添えられていることも話題となっています。エジプトを訪れる機会があれば、ぜひ確かめてみてください。

 

 

Auther

山田ルーナ

在英ライター/フォトグラファー

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