着ることでしかわからない着心地 桑村祐子 高台寺和久傳 女将 南座の顔見世が賑わいはじめても、赤い絨毯のように紅葉が残る京都。旅で訪れる人々が少し羨ましく思えて、ここに暮らしていく者との違いを感じる時です。十三日の事始めを迎えて、いよいよ師走のあわただしさが押し寄せてきます。畳は表替えし、障子や襖、土壁の腰張りの和紙などを、すべて貼りかえていきます。新調したお椀や塗り直しに出した漆のテーブルなどは、半年間寝かせた後に新年を待って使いはじめます。気持ちは急いていても、一度にまとめて出来ないことが多く、日常の事に紛れながら、暮れのご挨拶に出かけていきます。忘れないよう掛けるのは今年の干支の軸。一年のお礼と歳送りの願いを込めます。庭の小さな石の一つ一つまで、きれいに洗って元にあった場所に戻すと、生き生きとして違った顔をみせてくれます。ひとりではとても出来ないことですから、手分けをして終えた後の気持ち良さと人の笑顔は格別で、暮らすことの有り難さを肌で感じるひとときでもあります。 お正月仕度の間に着ているのが、母から譲られた着物です。染め直したり、仕立て直して着ることは、密かな楽しみで、同じ黒の結城紬でも、まだ自分には早いような気がしていますが、袖をとおすと不思議と馴染んでくれます。手紡ぎ、手織りの風合いは誰が着ても優しく堂々と落ち着いているもので、母の姿には遠く及びませんが、着ることでしか分からない着心地を、同じように感じられることは、世代を越えて話をしているような嬉しさが込み上げてくるものです。祖母や母の背中を見て育ちながら、たくさんの教えが、まだまだ身につかないでいることに、もどかしさを重ねるばかりの日々が、急に愛しくさえ思えてきます。 こんな細やかな悦びでも、年越しの仕度を調えていく自分にとって、仕立て直しの着物は大切なしつらいの一つです。晴れ着より自分らしく、そっと寄り添うような昔からの着物。そろそろ今年も、餅花づくりやお節のこしらえが待っています。 月刊『目の眼』2013年12月号 Auther 桑村祐子(くわむら ゆうこ) 高台寺和久傳 女将。京都の丹後・峰山で開業した料理旅館をルーツとし、現在は高台寺近くに門を構える料亭の女将として和の美意識を追求している。「心温かきは万能なり」が経営の指針。 RELATED ISSUE 関連書籍 2013年12月号 No.447 浄土の風景 當麻曼荼羅から平等院鳳凰堂へ 仏が住まう清浄な世界として人々が祈り、あこがれた浄土。それはどんな風景をしているのでしょうか。人々は浄土のイメージを絵画、彫刻、建築、庭園で数多く表現してきました。今秋、サントリー美術館で開催される平等院鳳凰堂修理完成記念「天上の舞 飛天の美」展を機に、人々の浄土への夢が生み出した美を平等院の全面協力でご紹介します。 雑誌/書籍を購入する POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 東京アート アンティーク レポート #4 街がアート一色に|美術店めぐりで東京の街を楽しもう Others | そのほか 骨董ことはじめ① 骨董と古美術はどう違う? History & Culture | 歴史・文化Others | そのほか 東京アート アンティーク レポート#3 骨董のうつわで彩る”食”と”花” Others | そのほか 美術史の大家、100歳を祝う 日本美術史家・村瀬実恵子氏日本美術研究の発展に尽くした60年 People & Collections | 人・コレクション 超 ! 日本刀入門Ⅱ|産地や時代がわかれば、刀の個性がわかります Armors & Swords | 武具・刀剣 骨董ことはじめ④ “白”を愛した唐という時代 History & Culture | 歴史・文化 夏酒器 勝見充男の夏を愉しむ酒器 Vassels | うつわ 目の眼4・5月号特集「浮世絵と蔦重」関連 目の眼 おすすめバックナンバー 1994年9月号「写楽二〇〇年」 Calligraphy & Paintings | 書画 古唐津の窯が特定できる「分類カード」とは? Ceramics | やきもの 札のなかの万葉 百人一首と歌留多のこころ History & Culture | 歴史・文化 骨董ことはじめ③ 青磁 漢民族が追い求める理想の質感 History & Culture | 歴史・文化 ビンスキを語る ビンスキは どこからきたのか 〜その美意識の起源を辿る History & Culture | 歴史・文化